ブログ 豊田市のイタリアン、ランチビュッフェ・パーティー | トワイス |【グルメchaoo】



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イタリアン・フレンチ・スペイン

http://www.twice-akami.co.jp/

豊田市

トワイス 貸切専門店 Twice(トワイス)

※お問い合わせの際は、『グルメchaoo』を見たとお伝え下さい。
電話番号0565-37-8737
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2014.09.28
表と裏

夕方近くなると、涼しい風が頬を通り抜ける

夜になると鈴虫が鳴き、秋を感じてすぐ冬になる

しかし、調理場ではまだまだ初夏並みの気温と戦い、そしてまた自分とも戦うのだ

『飲食店は、まさに天国と地獄だね』

そう言った先輩を思い出した

飲食店には、お客様に給しするお店の舞台でもあるホール(天国)と

地獄のような作業が続く調理場が存在する

表現は悪いが、言わんとしていることはなるほどと、当時思ったものだ

トワイスキッチンスタッフも、毎日一生懸命に料理を作る

地獄のような作業を繰り返し

ただただお客様の笑顔の為に、ひとつひとつ丁寧に作り続け、己と戦う

きらびやかな表と、そして裏で支える人たちがいて、ほとんどの物事は成り立つのである

2013年日本シリーズの試合前、93歳で亡くなった川上哲治の死を悼んで、黙が行なわれた

巨人の監督として、9年連続の日本一という輝かしい功績を残された川上哲治

『組織には、陰と陽がある』

彼は、そう言った

川上巨人をまさに“陰”で支え続けたのは、マネージャー・山崎弘美

公式戦出場はわずか2試合だったが、裏方として本領を発揮する

マメさと律儀さを買われ、川上監督就任の1961年以来ずっと一軍チーフマネージャーを務めていた

マネージャーが天職というような人だったそうだ

その山崎は、2013年5月20日に呼吸不全で他界する

告別式の席上に、川上の姿はなかった

自宅の居間で転倒し、骨折していたために参列できなかったのだ

これを非常に悔やんでいたそうである

『弘美は全部背負って先に逝った』と、ポツリと漏らしたという

裏方冥利に尽きる言葉である

山崎が亡くなったのは、川上の訃報の5か月前だった

『御大を待たせるわけにはいかないので、先に逝ってお待ちしています』

そう言っているようにも感じた

強かった巨人は、裏で支える人たちも“最強”だったのである

『表(王・長嶋)と裏で支える人たちがいたから、V9ができた』

川上の言葉である

きらびやかな表と、そして裏で支える人たちがいて、ほとんどの物事は成り立つのである

裏で支える人たちのことを思いながら、感謝して生きたいと思う

そして、そのことを絶対に忘れないチームでありたいと、切に願う











2013.07.14
ぐんぐんと

日に日に暑さを増し、あっという間に風が夏を運ぶのだろう

ぐんぐんと伸びる植木の花たちに、生きる力を感じる毎日である

最近卒業したスタッフが、自営の農園で育てた桃を持って来てくれた

家業を継いだ青年は、暑さに負けず休みなく働いている

その笑顔は何よりも素晴らしく、今が楽しいと語った彼の言葉に

とても心を動かされた

世界で一番美味しい桃はと尋ねられたら

僕は真っ先に彼のだと答えるだろう

役所に勤めることになったスタッフは、仕事帰りに寄ってくれる

大変ですねと答える彼もまた、綺麗な目をして真っ直ぐと前を見据えている

久しぶりに彼の笑い声を聞いて安心し、僕はどれだけ救われてきたのだろうかとも考える

頑張りますょと帰るその背中は、いつの間にか段々と逞しく大きくなっていく

農協で働いている真面目な青年は、野菜を持って勝手口に立っている

『お疲れ様です』と笑う彼を見るのが、僕は好きだ

彼もまた、大人の階段をのぼり始めている

エステに勤める彼女は、いつも負けそうなくらいの毎日なのだそうだ

『でも負けませんょ』と、胸を張る

自分に言い聞かせるように

透き通るその声は、やり切る決意をうかがわせる

沢山の人が交わり、そして育つ

人を育てるようで育てられ、毎日を一生懸命に過ごす

それが、生きるということなのかもしれない

1995年ドラフト1位で福岡ダイエーホークスへ入団した斉藤和巳

「復活を望む選手」として今も真っ先に名前が挙がる伝説の投手

MAX152キロのストレートと、圧倒的な変化球で多くのファンを魅了した

最多勝、最優秀防御率、最高勝率、ベストナイン、沢村賞などのタイトルを総ナメした彼が

リハビリを開始して早6年目、今なお苦しんでいる

『野球とは、人生の師』と言い、笑顔を見せる彼は

どんなに苦しくても、やっぱり野球が好きなのだそうだ

どんなに苦しくても

僕の修業時代も、とても苦しかった

休む暇なく働いた

楽しいことなんて、実は何ひとつなかった

負けそうだった

頑張りますとも言えなかった

骨が折れても松葉づえをつきながら働き

人差し指に包丁が刺さり神経が切れ、病院に行って戻ってそして働いた

だから『楽しい、頑張ります、負けません』

そう話す卒業したスタッフ達が、とてもまぶしく見えるのだろう

苦しい事ばかりだったけれど

今ももちろん、楽しいことより苦しい比重は大きいけれど

でも、僕はやっぱりこの職業が好きである

新しいスタッフが、育ち始めている

ぐんぐんと伸びる彼らを見るのが、とても楽しい

この暑さを放つ太陽のように、まぶしい光を照らし始めている

新しい風は季節と同じように、あっという間にそこまで来ているのだ

『真面目な経営は多くの支援者を作ると思います』

最近、父が送ってくれた文章である

そうなれるように、人生の大半を費やしたいと思う

人がいて僕がかわり、自分を見つめて生きることに真剣になる

悩みながら生きて助言をもらい、そうなりたいと願う

最後まで、この職業は好きだと言って終わりたいと思う








2013.04.21
想い

旅立ちは、祝うと同時にもの悲しい不安な気持ちにもなる

幾度となく苦難を共にし、そしてまた喜びを分かちあってきた沢山の仲間が巣立った

『ありがとうございました』

最後にうっすらと涙を浮かべながら、そう言ってくれた大切な仲間達

僕は、彼らの想いに恥じぬよう生きていこうと思う

2012年2月11日にロサンゼルスのホテルで死去したホイットニー・ヒューストン

彼女の葬儀が18日、彼女の故郷であるニュージャージー州の教会で行なわれた

葬儀には、映画「ボディガード」で共演したケヴィン・コスナーをはじめ

スティーヴィー・ワンダーら、多くの友人達が参列した

最後の別れと悲しみを、ケヴィン・コスナーはこうスピーチする

『私とのプライベートな会話で、ホイットニーはいつも同じ質問をしました』

ホイットニーが、彼の前でくり返した口ぐせを言及する

それは『私、ちゃんとできているかしら? 』であり、『私、可愛いかな?』であり

そして『満足してもらえたかしら?』という言葉だったそうだ

コスナーは続ける

『人生には、言葉で説明できない重荷がつきまといます、不安とも恐怖とも呼べるものです』

『しかし、この重荷こそ彼女を偉大にしたものだったのです』

コスナーが言った最後の言葉は、彼女に届いたはずである

『さあ、天国の父の元に行きなさい、ホイットニー』

『でもね、神様の前で歌う時はもう心配しないでいいんだよ。君は十分素晴らしいのだから』

人と人とは、想いでずっと繋がる

そして、心をずっと結びつけるのである

最近ブログで、父と一緒に仕事をしたある方のご両親からコメントを頂いた

それは、息子さんが父に出会って本当に幸せだったと

親としては感謝しているとの想いのこもった文章だった

僕は、父の人生を垣間見れた気がしてとても嬉しかった

息子さんが父と交わり、ご両親が想いをつづる

そしてまた、その想いが僕を結びつける

父の人生は、きっと幸せだったに違いない

手の届かない偉大な人から学び、身近な父から学び

そして、自分を見つめる

僕は、想いに恥じぬよう生きていこうと思う

『ありがとうございました』

そう言ってくれた大切な仲間達へ

今までありがとう







2013.01.13
極み

新たな年にかわり、もうすでに梅のつぼみが顔を出し始めたと言う

時は思っているより速く刻み続けるのだと、ひしひしと感じた

『古いものを良く知り、新しいものを生み出す』

そんな当店も、6年目に突入する

岡崎のお店からだと10年目

調理師を目指してからは、20年の月日が流れる

まさしく時は、あっという間なのだ

しかしながら、今なおこの職の極みは何なのかと模索し続ける

『江戸の風が吹くものを落語』

言葉で勝負する立川談志は言った

異次元の領域に達した芸とともに、数々の名言で周囲を「すごい」とうならせる

談志は、聴き手の人生を変えるような「すごい」芸を追求してきた

完成された芸を見れば「ああ、よかったなぁ」となる

でも「よかったなぁ」とは、世の中には他にもたくさんあるのだ

屋形船から花火を見ても「よかったなぁ」となると、談志は言った

それよりも「すごいものを見ちゃったぞ」と言うものは、一生忘れない

ライバルと言われた古今亭志ん朝も、「よかったなぁ」の最上級に過ぎなかった

『嫉妬も含めて確かに志ん朝はいいけど、オレは違う。魂をわしづかみにするものをやっているんだ』

そう談志は、言い放った

それなりの水準のものではなく、進化や成長した姿を見せようと、常に苦悩し続けたそうである

行き着いた領域は「登場人物に勝手にしゃべらせる」

2007年12月18日に演じた伝説の高座「芝浜」

観客も演者も、登場人物があたかも勝手にしゃべっているかのような錯覚に陥った

口演後に自ら談志は、こうコメントする

『この「芝浜」を演ずるために今日まで生かされてきたのだと思う』

「よかったなぁ」で満足していたら、絶対に踏み込めなかった領域かもしれない

今なおこの職の極みは何なのかと模索し続ける僕も

今だたどり着けずにいる極みとは、永遠でないと知る

そして、当店のスタッフがちょっと嬉しそうに話してくれたのを、僕は思い出す

担任の先生がトワイスのホームページを見て、「すごい」と言ってくれたそうである

彼もここで働いて、少しは「よかったなぁ」と思ってくれているのかもしれない

『魂をわしづかみにするものをやっているんだ』

極みの道は苦悩の連続ではあるけれど、僕の人生で出来れば最後にはこう言いたいと思う

『その為に今日まで生かされてきたのだ』

そう誓って、新たな年をスタートする










2012.12.02
その先にあるもの

降り続ける雨が、寒さを際立たせる

いつの間にか気づくと月日は師走となり、慌ただしさの日々が続く

『さぁどうする』

この時期になると、試練を迎える速度も早まり、自分を奮い立たせる

そして決まって、そんな時に僕はこう思うようにしている

中国人のスタッフが、仕事を任される時に良く使う言葉である

『大丈夫。分かった大丈夫』

そうかもしれない

尖閣諸島の国有化に端を発した日本と中国との緊張状態の中

各地で起きた苛烈な反日デモの記憶も生々しい

そんな中、10年以上にわたって中国人と向き合い続けた矢野浩二

中国で最も有名な俳優のひとりである

『あの日以降、テレビの仕事はゼロになりました』

すでに契約済みだったドラマも、全て降板させられたそうである

『やっぱりショックでした』

そう呟く

別に日本人をテレビに出すなという命令が出たわけではない

ただ、リスクがある

中国は、テレビ局ではなく制作会社が企画から制作まで行なう

それを局に買い取ってもらうのである

もし、そこで日本人が出ているということで買い取ってもらえなくなったらどうなるのか

制作会社にとっては、莫大な損失になる

『そう考えると、彼らが僕を外したのも無理はない』

デモこそ収まったものの、いまだ日中間には政治的緊張がある

反日感情が消えたわけではない

だが、取り巻く状況は少しずつ変わってきたと言う

失ったものを嘆くより、得られた絆を大切にする

真っ直ぐと澄んだ瞳は、何を捉えているのだろうか

僕らのスタッフには、事業を継ぐ青年がいる

力強く、そして真っ直ぐで澄んだ瞳の青年『真澄』という

愛情いっぱいに育て上げた親御さんの梨を、この夏に頂いた

美味しかった

早朝からトラック何台も積み上げて

それから、一日中アルバイトをこなす見上げた根性の持ち主である

親を助けたいという心優しい男の彼が、今季は目を見張る成長を遂げ飛躍した

不器用かもしれないが、努力で何度も飛び越えるのである

そんな彼がいちから作り上げた梨を、僕はいつか食べてみたいと思う

きっと美味しいに違いない

農業は、いやどの事業もであるが、茨の道が続くのであろう

でも彼は、きっと飛び越えるのだと思う

今もなお、現役続行を模索する42歳の辰吉丈一郎

夢は昔と変わらずに世界王者である

その彼が言った

『夢のような話だ、不可能に近い話だという人がいることはわかっている』

けれど、それは他人がそう思うだけのことである

やめ方も知っているし、やめる場所も、やめるタイミングもわかっている彼だからこそ言える

『99%ダメ??あと、1%あるやん』

そうだ大丈夫。真澄だったら大丈夫

彼の育てる世界一美味しいに違いない梨と桃

澄んだ瞳で何を見据えて、どう成長するのだろうか

多分誰よりも、僕がそれを見てみたいと思っている




2012.10.21
踊る

最近、友人のお店に従業員が入ったそうだ

人を育てるとは、大変な責任感を負う

子供と同じように、育てられることの方が多い

人も自分も失敗が続くけれど、その過程も実は真逆の成功の一部という

それを、修行時代に教えられた

『シゲ。共感できるか』

『シゲ。失敗を恐れるな』

『シゲ。人のチャンスを取るな』

だから僕は、幾度の苦難にも立ち向かうことができるのであろう

まさに、親のおかげなのだ

主演映画『あなたへ』で、6年ぶりにスクリーンに戻ってきた俳優『高倉健』

ブランクの間はつまり、来た仕事を断り続けたことを意味する

『出演を断りますよね?その後だいたい半年ぐらいで違う人に決まってるんです』

『そして、誰かが演じているのを見る。これって平等じゃないなって』

彼が言う【平等】とは、他の俳優が育つチャンスを奪っているのではないかという自責の念である

人を育てるのは、待つことも大事なのかもしれない

日本のトップ俳優として孤高に生きてきた者が、今強く思うのは『誇りと反省』だという

『良くやったと思うけれど、そんな人生で本当に良かったのかってね』

俳優になった時、厳格な父は喜ぶどころか縁を切ると言われたそうだ

『勘当だ。帰ってくるな』

親兄弟の死に目にも会えなかった時には、こう責め立てられた

『こんな不幸者はいない』

【あなたに褒められたくて】という随筆があるが、題にあるのは母のことである

これから先も、人生は失敗と反省の連続なのだ

人を育てる時も自分が育つ時も、時には大事なものも失うのであろうと思う

今までもかなりを失ったが、得るものの方が多かったような気がする

自問と自答の繰り返しがずっと続いていくが、最後の質問は決まってこうである

『シゲ。頑張っているか』

友人のお店で働く従業員さんも、愛情いっぱいに育つはずだ

彼と僕は、同じところから独立をしている

もしかしてその従業員さんは、もうすでに彼から言われているのをイメージしているかもしれない

『頑張っているか』

友人の飛躍に、心躍る僕がいる









2012.06.20
笑顔

先日、僕の父が入院した

毎日の仕事が忙しく、お見舞いに行けたのは数日経ってからだ

その期間、母は心配させまいと『大丈夫だから』と僕に言い続けた

病室をさがし、笑顔でカーテンを開けたけれど父は居なかった

僕はパイプ椅子に座り、4人部屋の静かなその部屋で待ち、几帳面に片づけられた空間を眺めた

何かの数値を書きなぐったメモが、僕を不安にさせる

『大丈夫だから』と言う母の言葉を、何度何度も繰り返しこう思った

母さんが大丈夫と言ったら大丈夫、昔からそうだったじゃないか

『来とったのか』

振り向くと、だいぶ痩せ細った身体で父が笑って立っていた

厳格だった昔の父の面影はなく、ずっと優しい笑顔だった

包みこまれるように

ずっと包みこまれて生きてきたのにも気づかずに

『あなたの笑顔があって頑張ろうと思います』

最近始めたフェイスブックで、ある人が子供を思って書いていた

そしてこの文章に対して、別の人がコメントをする

『逆もまたしかり』

これから先、僕はどれくらい父にその姿を見せることが出来るのだろうか

『良く頑張っているな』

そう言われたいが為に続けてきたこの人生も、もう20年の月日が経つ

母に行ってきたよと報告すると、父と同じ優しい表情で笑った

『来とったのか』ではなく『会いたかったぞ』と、そう言いたげだった父を思い出し

今日もまた、僕は一生懸命に頑張る

それが、僕なりの親孝行と信じて

父の日とは、素晴らしい記念日である

少しだけ、全ての人が恥ずかしがらずに子供に戻れる

いつも言えない感謝を、心から言える素敵な日

ずっと笑顔でいてくれますように

そして、父さんいつもありがとう





2012.01.15
柔らかく

『諦めない思いはいつか実ると思う』

その話を聞いて、ある人がこう言った

高校に上がる時、脳動静脈奇形による脳出血で倒れ、彼に突然の悲運が襲う

気づいた時には麻痺が残る右側の体半分、満足に歩くことすらできない

大好きなバスケットボールを諦めるのか?

『もう諦めるのか』

そう自問自答した日々は、どんな心持ちだったのだろう

彼は続けた

負けずに

試合内容の記録と分析、自分の出来る範囲で携わる

まさに、至大至剛(しだいしごう)である

このうえなく大きく、このうえなく強いさま

彼にとっては、『こんなことで諦めるのか』だったに違いない

そう思えてならない

高校3年の最後の大会の残り3分32秒

試合に、悲願の出場コールをされる

まだ麻痺の残る走りで右手も上がらないけれど、彼はコートを気持ちで駆け回る

そして、仲間からパスがまわってきた

それはそっと優しく、ボールを彼の前に置くような柔らかいパスだった

彼は、左手のシュートを放つ

そのボールは、ゆっくりと弧を描いて見事に入った

『夢のようだった』

あとに彼はそう言っていた

コートに立てたことではなく、仲間からのパスをもらったことに

夢のようだったと

『諦めない思いはいつか実ると思う』

僕らの仲間にも、そんな諦めない男がいる

アルバイトは初めてですと、そう言っていた

最初は、どうしていいのか分からない気持ちがみてとれた

きっと『こんなことで諦めるのか』そう思っていたに違いない

もう何年も一緒に仕事をしているが、彼の成長には驚かされる

毎日そう思うのである

どんな時にも自分と戦い、そして人をも助ける

シフトに人が集まらない時に、決まって予定を動かせるか考える優しさ

『予定がなくなったので』と伝えてくれるけれど

そうじゃない、彼は自分の予定をいつも変えてくれるのである

今では彼なしでは進めない、このうえなく大きい存在

何事にも真面目に取り組むその姿勢は、凄く輝いてみえる

眩しいくらいに

至大至剛(しだいしごう)をもって、僕らの心に史(ふひと)する

多分僕は、彼を一生忘れないだろうと思う

『諦めない思いはいつか実ると思う』

彼を見ていると、そう思えてならない

そしていつか、自分もそうなりたいと思う

剛史、いつもありがとう

どんな時でもそっと優しく、柔らかいパスを置いてくれる心強いスタッフ

剛史






2011.09.11
勇気

いつの間にか涼しい風が、頬をかすめる

かすかに感じる秋の薫りに季節の成長を感じとり

生活の早さに圧倒されながら、僕たちは生きているんだと改めて思い知る

どんなに進んでも忘れてはいけないちょうど半年前

3月11日の東日本大震災で、沢山の人が亡くなった

その後、被災地を目の前にしたプロゴルファーの石川遼選手が、こう言ったのを覚えている

『僕にいったい何が出来るのだろうか』

子供たちと一緒に遊ぶその姿に、不安が見え隠れしていた

最後に夢を語る場面で、彼の気持ちが変わって映る

子供たちの夢は、地震に繋がる未来だった

『僕は大工さん』 『私はお医者さん』

彼は、言い終わったすべての子供を優しく抱きよせてこう言った

『素晴しい夢だ。ありがとう』

子供たちから学び、彼は誰よりも頑張ると約束した

見ていてほしいと

人は勇気をもらって生きる

彼女がトワイススタッフとして入ってきた時は、不安でいっぱいだったに違いない

真面目に働くその姿を見て、感動すら覚えた

何を言われても『ありがとうございます』と返す透き通ったその声は

多くのスタッフの心を動かした

後に、当時のことを聞くとこう言って恥しそうに笑った

『毎晩出来ないのが悔しくて、ベットで泣いてましたょ』

そんな彼女も、今期でトワイスを卒業である

自分の夢に向かって突き進む

人と一緒に働く時に、僕はいつも思うことがある

人は今立っている所から未来を繋げるから、僕にいったい何が出来るのだろうかと

僕は彼女から色々なことを学んだ

だから誰よりも頑張ると約束したい

見ていてほしいと

ある時、彼女からこんな言葉をもらった

『私ここで働いて良かったです』

ありがとう、琴乃

人は勇気をもらって生きる

手の届かない英雄が、子供たちからもらったように

身近なスタッフから、僕がもらったように

だから生きるのは素晴しい











2011.05.28
願い

まるで被災者の涙のように雨は降り続く

そして気が付くと、あっという間に蒸し暑い日差しに変わるはずだ

もう少しすると、どこからともなく蝉の声が聞こえてくるのかもしれない

復興も『あっという間に』と言える日がくる事を願いたい

年度が変わり月日が経ち、慌しい日々が続く

しかしながらトワイスには、自分の道に進めなかったスタッフがいる

彼は人に優しく、心美しい青年だと僕らは知っている

コツコツと努力するその姿勢に感動すら覚えることは多く、いつも感謝しきれないほどである

3年半も一緒にいるオープニングメンバーだからこそ、僕たちの思いは強く

最後には、どうか自分の決め事で勝負し成功してもらいたい

彼の働く背中を見ると、僕はいつもそう願う

『未来は希望に満ち溢れている』

誰かが言っていたけれど、現時点ではそう思えないことのほうが多いはずだ

人は何かしらの苦悩を抱えているからか

彼のように

しかしこの文章の伝えたい趣旨はそこだけではない。全体がある

『奇跡は普段の行いから起こりうる。だから未来は希望に満ち溢れている』

アテネ五輪金メダリストの鈴木桂治

4年もの間優勝から遠ざかり、すでに“老境”に差し掛かる柔道選手

軽やかな足のさばきで巨漢を転がした往前の残像との戦い

明らかに昔の自分と違うのを実感する日々

彼は毎日をどのように生きたのだろうか

08年北京五輪で惨敗、09年講道館杯は無名選手に一本負け

昨年の世界選手権も1回戦負けで、とうとう引退も勧告された

しかし彼は自分を信じ、そして厳しく生きた

苦悩して

だからこそ、奇跡は起こる

2011年4月29日、柔道全日本選手権優勝

崖っぷちから登りつめた、普段の行いから起こりうる奇跡

自分の道に進めなかった我慢のスタッフ『貴功』

彼は貴はかな青年(心優しい青年)だと僕らは知っている

最後にはどうか自分の決め事で勝負し功を奏してもらいたい(成功してもらいたい)

その名のとおりに

いつの日か、優勝を掴み取って欲しい

そう僕は思い、信じている

季節は『あっという間』に流れる

彼の今の苦悩も掴み取る道筋も、そうであって欲しい

『あっという間に』

そう切に願う









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